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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)2952号 判決 1987年12月25日

原告

湯田平盛夫

右訴訟代理人弁護士

小川雄介

被告

関西パイプ工業株式会社

右代表者代表取締役

横山崇志

右訴訟代理人弁護士

門間進

角源三

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、三六三〇万円及びこれに対する昭和六一年四月一五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は非鉄金属の管棒線ダイカスト及び精密機械の部分品の製造販売等を目的とする株式会社であり、原告は被告に雇用されてアルミ線の伸線作業に従事していた者である。

2  右アルミ線の伸線作業は、以下の順序で行われていた。

(一) まず、アルミ線のコイル(直径約八・五ミリメートル、重さ約四〇キログラム)をクレーンで直径約三〇センチメートルの円筒状の機器(マンドル)に取り付け、マンドルから四メートル離れた位置にあるアルミ合金線巻取機(ドラム)に付いている口付機でそのアルミ線の先端を細くした後、その細くなったアルミ線の先端をダイスと呼ばれる部分(巻取機の一部)に通過させる。

(二) 次に、ダイスを通過させたアルミ線の先端を、巻取機の回転部分(「キャプスタン」といい、この部分にアルミ線を巻取る。)に巻きつけられてある引き出し金具(チェーン)の一方の端についているトンスという金具の中に挿入して固定するとともに、チェーンの反対側の端に取り付けられているフックという金具をキャプスタンに加工されている溝の部分に引っ掛ける。

(三) しかる後、ドラムのモーターに入力し、その動力をキャプスタンに伝えてこれを回転させると、アルミ線はチェーンを介して引っ張られ、順次ダイスの中を通過して、直径八・五ミリメートルのものが七・五ミリメートルに引き伸ばされ、キャプスタンに巻きとられていく。

3  労災事故の発生

(一) 原告は昭和五一年四月二〇日午前一一時ころ、被告会社西工場において右アルミ線の伸線作業に従事していたが、伸線されたアルミ線が巻き付いた状態で回転しているキャプスタンを手で押さえたところ、その回転力により、キャプスタンの上を越えて回転方向へ一回転して仰向けに転倒した(以下、「本件事故」という。)。

(二) 右事故により、原告は頭部外傷、外傷性神経症等の傷害を負った。

4  被告の責任

本件事故は、原告の使用者である被告が、その事業の執行に当たり被用者の生命身体に危険を生ぜしめないよう配慮すべき雇用契約上の安全配慮義務に違反したことによって生じたものであるから、被告は、本件事故によって生じた後記損害を賠償すべき責任を負うものである。これを詳述すれば、以下のとおりである。

(一) 本件巻取機は、本来、キャプスタンの溝からチェーンのフックが外れるか、巻取機に取り付けられた足踏ブレーキを踏んだ場合には、モーターの回転力をキャプスタンに伝えるクラッチが切れてキャプスタンは惰力で回転するようになり、やがて停止する構造になっていたところ、本件事故当時これが故障し、チェーンが外れても、また、足踏ブレーキを踏んでもクラッチが切れず、キャプスタンが動力で回転し続ける状態となっていたものであるが、このような故障があると、チェーンが外れまたは作業者が足踏ブレーキを踏むことによりキャプスタンが惰力回転に移行したものと思ってこれに触れたときに、動力による強力な回転力によって跳ね飛ばされる危険があることは明らかであるから、使用者としては、そのように故障した巻取機によって被用者に作業させないようにし、もって右のような危険から被用者を保護するよう配慮すべき義務があるものといわなければならない。

しかるに、被告が右義務を怠り、本件巻取機が右のように故障したままの状態で原告に作業させたため、チェーンが外れてキャプスタンに巻き付いたアルミ線がバラバラになりそうになったので、原告がとっさに足踏ブレーキを踏むと同時にアルミ線を手で押さえ、キャプスタンの回転を停めようとした際にもクラッチが切れないでキャプスタンの回転が停止しなかったものであり、そのことから本件事故が発生するに至ったものであるから、本件事故は被告の右安全配慮義務の違反によって生じたものというべきである。

(二) 仮に本件事故当時本件巻取機に右のような故障がなかったとしても、被告会社においてはアルミ伸線作業のアルミ線を巻取る過程でキャプスタンからチェーンが外れた場合、キャプスタンの回転が自然に停止するのを待っていたのではアルミ線がほつれて巻直しに時間がかかることや、時にはアルミ線がもつれてしまって商品価値がなくなってしまうことがあることから、仕事の効率上、直ちにドラムの足踏ブレーキを踏み、かつ、キャプスタンの回転が自然に停止するのを待たないでアルミ線を手で押さえ、これを停止させるという方法をとることが慣行化していたところ、このような作業方法は、キャプスタンの停止前に回転しているアルミ線を手で押さえるものであるため、キャプスタンの回転に巻き込まれて転倒する危険を冒すものであることが明らかであるから、被告としては、従業員に対しこのような作業方法をとらないよう厳しく指示したり、また、そのような方法をとらないで済む他の方法を指示するなどして右のごとき慣行を改めるよう配慮する義務があったものというべきである。

しかるに、被告がこの義務を怠り、右の慣行を改めるよう配慮することなく放置したため本件事故の発生をみるに至ったものである。

(三) さらに、前記(二)のような作業方法が慣行化していたところから、原告ら従業員は被告に対し、突然の危険が生じた場合に直ちに電源を止めて事故の発生を防止するための非常停止スイッチを本件巻取機の近くの壁などに設置するようかねてから要求していたのであるから、被告としては、直ちにその要求を容れて右のような非常停止スイッチを設けるべき安全配慮義務を負っていたものというべきところ、被告はこれを怠って非常停止スイッチを設置しないまま放置していたものであるが、被告がこれを設置していたならば、原告の転倒事故を目撃していた同僚が直ちにこれを押して本件事故の発生を未然に防止することができたはずであるから、本件事故は被告の右安全配慮義務違反によって生じたものというべきである。

5  原告の損害

(一) 治療経過及び後遺障害

原告は昭和五一年四月二一日須山病院で診察を受けた後、同年六月ころより同五三年一一月一七日まで本件事故による受傷の治療のため大阪赤十字病院に通院したが(二年七月)、頭痛、不眠、胸内苦憫、心悸亢進、眩暈、発熱及び呼吸困難が高じてきたため、同五三年一一月一八日から同五四年四月二八日まで向坂病院に入院し(約五月半)、さらに、同月二九日から同六一年三月三一日まで同病院に通院して治療を受けた。右入通院治療にもかかわらず被告の傷害は完治するに至らず、頭痛、不眠、胸内苦憫、心悸亢進、眩暈等の後遺障害を残したまま、同六一年三月三一日(仮にそうでないとしても同五九年一〇月二日)その症状が固定した。右後遺障害は労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表第一二級一二号(「局部に頑固な神経症状を残すもの」)と同表第九級七号の二(「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」)との中間程度のものである。

(二) 休業損害 九六三万七七四九円

(1) 原告は、<1>昭和五一年四月二三日から同五三年一二月三一日までの九八三日のうち八〇五日間、<2>同五四年一月一日から同五六年九月三〇日までの一〇〇四日のうち九八五日間、<3>同五六年一〇月一日から同六一年三月三一日までの一六四三日のうち一五七九日間、それぞれ本件事故による受傷のため就労することができず、賃金の支給を受けることができなくなったが、右期間中労働者災害補償保険から給付基礎日額の六〇パーセントに当たる休業補償給付金の支給を受けたので、右期間中に原告の得べかりし賃金の額は残余の四〇パーセント相当額となるところ、<1>の期間中の給付基礎日額は三九五四円、<2>の期間中の給付基礎日額は三九五四円の一二〇パーセント、<3>の期間中の給付基礎日額は三九五四円の一四四パーセントであるから、結局、右全期間を通じての原告の休業損害は合計六七三万八八一七円となる。

(算式)

3,954×0.4×805+3,954×1.2×0.4×985+3,954×1.44×0.4×1,579=6,738,817

(2) 本件事故がなければ、前記休業期間中も継続して就労していた場合に支給されるべき賃金を基準にして、夏期一・三か月、冬期二・二か月分(年三・五か月分)の期末手当の支給を受けることができたはずのところ、実際には、本件事故による受傷に基因する休業のために低額にとどまった基本給と作業手当を基準にした期末手当合計二二九万五二〇〇円しか支給を受けることができなかったものであるが、原告が右休業期間中も継続して就業していたならば得られたはずの一か月分の賃金(期末手当の基礎金額)は、前記給付基礎日額の三〇日分に相当するということができるので、これを基礎として支給を受けることができたはずの期末手当を計算すると合計五一九万四一三二円となる。したがって、これから実際に支給された期末手当の額を控除した二八九万八九三二円が本件事故によって逸失した期末手当の額となる。

(算式)

<1>の期間中の期末手当

3,954×30×(1.3+2.2)×3=1,245,510

<2>の期間中の期末手当

3,954×1.2×30×(3.5×2+1.3)=1,181,455

<3>の期間中の期末手当

3,954×1.44×30×(2.2+3.5×4)=2,767,167

以上合計

1,245,510+1,181,455+2,767,167=5,194,132

逸失した期末手当の額

5,194,132-2,295,200=2,898,932

(三) 将来の逸失利益 一五一二万五八三八円

原告は昭和一〇年一二月三〇日生まれの本件事故当時健康な男子であったところ、本件事故による前記後遺障害のためその労働能力を二五パーセント喪失したものであるが、症状固定時(五〇歳)から就労可能な六七歳までの一七年間に少なくとも昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の五〇歳ないし五四歳の男子労働者の平均年収額五〇〇万九八〇〇円に相当する収入を得ることができたはずであるから、その間に逸失することになる収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の症状固定時における現価を算出すると、一五一二万五八三八円となる。

(算式)

5,009,800×0.25×12.077=15,125,838

(四) 慰藉料 一〇〇〇万円

原告が本件事故によって受けた精神的・肉体的苦痛を慰藉すべき慰藉料の額は、入通院日数、後遺障害の程度その他諸般の事情を考慮すれば、一〇〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 三四七万六三五八円

原告は本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として三四七万六三五八円を支払うことを約した。

よって、原告は被告に対し、前記雇用契約上の安全配慮義務違反を理由に、右5の損害合計額三八二三万九九四五円のうち三六三〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月一五日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3のうち(一)は認めるが、(二)は知らない。

3(一)  同4(一)のうち、本件巻取機の構造が原告主張のとおりであったことは認めるが、その余の点は否認する。本件事故当時、右巻取機にはなんらの故障もなく、チェーンが外れ、または、足踏ブレーキを踏めば、必ずクラッチが切れ、キャプスタンの回転が一秒以内に停止するようになっていたものである。それにもかかわらず本件のごとき事故が発生したのは、チェーンが外れたわけでもないのに、アルミ線がほつれそうになったのを見て原告が、足踏ブレーキを踏まないで、動力によって回転しているキャプスタン(アルミ線の巻きついた)を手で押さえたためであるから、本件事故は原告の一方的過失によるものというべきである。

(二)  同4(二)は否認する。被告は原告ら従業員に対し、常日頃から動いている機械には手を触れないよう厳しく指示していたものであって、原告主張のような作業方法が慣行化していたようなことは全くない。のみならず、本件巻取機になんら故障がなかったことは前記のとおりであるから、原告が足踏ブレーキを踏んでおりさえすれば、クラッチが切れて、キャプスタンは惰力で最大限四分の三回程度回転して停止する状態になっていたところ、この程度の惰力では作業者がその回転力に引っ張られて転倒するようなことはありえないのであるから、本件事故が原告主張の4(二)のごとき安全配慮義務違反によって生じたものということはできない。

(三)  同4(三)は否認する。本件機械には緊急の事態に備えて既に非常停止レバーが設置されており、安全面での設備としてはこれで十分である。仮に、原告主張のような非常停止スイッチを壁に取り付けていたとしても、原告の同僚が事故を目撃した時には既に原告はキャプスタンの上に乗り上げていたのであるから、右非常停止スイッチによって本件事故を未然に防止することはできなかったはずである。

4(一)  同5(一)は知らない。

(二)  同5(二)(1)のうち原告が労働者災害補償保険法に基づく給付基礎日額(スライド分も含む)の六〇パーセントに相当する休業補償給付金を受給していたことは認め、その余は否認する。

同5(二)(2)のうち、被告が原告に合計二二九万五二〇〇円の期末手当を支給したことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同5(三)(四)(五)はいずれも否認する。

三  抗弁

1  原告はその自認する休業補償給付のほかに、休業補償特別支給金として給付基礎日額の二〇パーセントを受給しているので、この分も休業損害の額から控除すべきである。また、原告が支給を受けたことを自認している期末手当のほかに、昭和五一年冬及び五五年夏に合計二二万二三三〇円を支給しているので、この分も控除すべきである。

2  仮に被告に雇用契約上の安全配慮義務違反があったとしても、原告はアルミ伸線作業に一年近く従事しており、本件巻取機の構造・危険性についても知悉していたのにかかわらず、キャプスタンが停止するのを確認することもしないでいきなりこれを手で押さえるような無謀な行為をしたものであるから、本件事故の発生については原告にも過失があったというべきであり、損害額の算定については被害者である原告の右過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、原告が休業補償特別支給金の支給を受けたことは認めるが、この特別支給金は損害の填補を目的とするものではないから休業損害から控除すべきではない。その余の点は否認する。

2  同2は否認する。仮に原告がキャプスタンが停止するのを確認しないでこれを手で押さえたものとしても、被告の作業現場において、作業効率を上げるため、チェーンが外れれば間髪を入れずキャプスタンを手で押さえるという作業方法が慣行化していたことは前記のとおりであるから、この慣行に従って作業した原告にはなんら過失はないというべきである。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1、2の事実及び3(一)の事実は当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果及び(証拠略)によれば、原告は本件事故により頭部を打撲して外傷を負ったことが認められる。

二  請求原因4(一)の事実のうち、本件巻取機の構造が原告の主張のとおりであって、キャプスタンに巻き付けたチェーンが外れるか、または、足踏ブレーキを踏めば、クラッチが切れてドラムからの動力がキャプスタンに伝わらなくなり、その回転が停止する仕組になっていたことは当事者間に争いのないところ、原告は、本件事故の際、チェーンが外れ、かつ原告が足踏ブレーキを踏んだのにクラッチが切れず、その結果、キャプスタンも動力で回転し続けていたと主張し、被告はこれを争うので、まず、この点について検討するに、原告本人尋問の結果中及び(証拠略)中にこれに沿う供述及び供述記載があるけれども、証人表木の証言によれば、右「念書」はその作成者である表木正一郎が原告からそのような内容の書面を作成するよう依頼されるままに、確かな記憶に基づくことなく作成したものであることが認められるので、これをもって右事実を認定する資料とすることはできず、また、原告の供述も、一〇年以上も前の一瞬の出来事に関してみずからに有利な事情を述べたものであるから、直ちに全幅の信を措くことは困難であるばかりでなく、一見その裏付となるかのごとき証人表木の証言も、右の点に関する限りあいまいであると同時に前後矛盾するものでもあり、とうてい原告の右供述部分を補強するに足りるものと評価することはできない。のみならず、原告本人尋問の結果によれば、本件事故当日、午前八時ころから本件事故が発生した午前一一時ころまでの間に本件巻取機に右のような故障が生じたことはなく、また本件事故後も原告は同日午後五時ころまで右機械でアルミ線伸線作業に従事したが、作業上機械の故障による支障が生じるようなことはなかったことが認められ、さらに、(証拠略)によれば、本件巻取機は、その構造上、チェーンが外れるか、または、足踏ブレーキを踏めば必ずクラッチが切れてキャプスタンへ動力が伝わらなくなる仕組みになっているため、チェーンが外れまたは足踏ブレーキを踏んだのに依然としてキャプスタンが動力によって回転しているということはきわめて考えにくい事態であることが窺われるのであって、このような点に照らして考えると、原告本人の前記供述部分はさらに信憑性の薄いものといわなければならず、しかも他に、原告の前記主張事実を認めるに足りる証拠は全く見当たらないのである。

そうすると、結局、右事実についてはこれを認めるに足りる証拠がないことになり、その事実を前提とする安全配慮義務違反の主張(請求原因4(一))は理由がないといわなければならない。

三  次に請求原因4(二)の安全配慮義務違反の点について検討するに、(人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故以前から、被告会社従業員がアルミ線の伸線作業に従事する際、チェーンが外れたり足踏ブレーキを踏んだりしたりしてキャプスタンが停止する場合にも、クラッチが切れてからなお若干の時間キャプスタンが惰性で回転しているのに、これが完全に停止するのを待たないでアルミ線を手で押さえてその回転を停めるようなことがあったことが認められるけれども、そのような作業方法が慣行化していたとまで認めるに足りる証拠は見当たらないばかりでなく、(人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、本件巻取機のクラッチが切れたときには、キャプスタンは惰力でなお回転を続けることがあるが、それもせいぜい四分の三回転程度であり、しかもその回転力は惰力であるだけにきわめて弱く、作業者が手で押さえれば直ちに停止するのが常であって、その回転力によって手で押さえた作業者を仰向けに転倒させることなどは考えられないことであることが認められるので、いずれにせよ、右安全配慮義務違反の主張もまた理由がないというべきである。

四  さらに、請求原因4(三)の安全配慮義務違反の主張について判断する。

原告主張のごとき非常停止スイッチを設置すべき安全配慮義務を被告が負っていたかどうかの点はしばらく措くとして、仮にそのようなスイッチを設置しておれば、本件事故の発生を回避することができたか否かについて考えてみるに、本件事故発生の直前に、原告みずからがことさらにそのような非常停止スイッチによって本件巻取機のキャプスタンの回転を停止させなければならないような状況にあったことを認めるに足りる証拠はなんら存在せず、また、証人表木の証言によれば、原告の近くで作業していた同僚の表木が偶々振返って事故を目撃したときには、既に原告は体半分をキャプスタンに乗り上げる状態となっており、それから非常停止スイッチを押していたのではとうてい間に合わない状況であったこと、同人以外にスイッチを押すことができるような作業者は現場に居合わせなかったことが認められるのであって、これらの点からすれば、非常停止スイッチが設置されなかったことと本件事故の発生との間にはなんら因果関係は存在しないといわなければならず、その点において前記安全配慮義務違反の主張(請求原因4(三))もまた理由がないといわなければならない。

五  以上の次第で、被告が安全配慮義務に違反したことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 田邉直樹 裁判官 真部直子)

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